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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)888号 判決 1983年1月26日

控訴人 末正盛隆

右訴訟代理人弁護士 菅生浩三

同 葛原忠知

同 川崎全司

同 甲斐直也

同 丸山恵司

被控訴人 中村慶一

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 小松三郎

被控訴人 伊藤染工株式会社

右代表者代表取締役 尾藤角市

右訴訟代理人弁護士 本田卓禾

主文

本件控訴及び控訴人の被控訴人浜田政敏に対する当審における予備的請求を何れも棄却する。

当審における訴訟費用は総て控訴人の負担とする。

事実

(申立)

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  控訴人に対し

(一) 被控訴人中村慶一は原判決添付物件目録(五)記載の建物(以下(五)建物と云う。尚同目録(一)ないし(四)記載の土地及び(六)、(七)記載の建物についても右同様)を収去して(一)土地を明渡し、且昭和五一年九月二九日以降右土地明渡済に至るまで一か月一万五〇〇〇円の割合による金員の支払を、

(二) 被控訴人劉来喜は、(五)建物から退去して(二)土地の明渡を、

(三) 被控訴人同前志郎は(六)建物を収去して(三)土地を明渡し、且昭和五一年九月二九日以降右土地明渡済に至るまで一か月四〇九七円の割合による金員の支払を、

(四) 被控訴人伊藤染工株式会社(以下伊藤染工又は被控訴会社と云う)は(七)建物を収去して(四)土地を明渡し、且昭和五一年一〇月七日以降右土地明渡済に至るまで一か月四五一〇円の割合による金員の支払を、

(五) 被控訴人浜田政敏は(七)建物から退去して(四)土地の明渡を、

それぞれせよ。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

5  当審で追加された被控訴人浜田に対する予備的請求

(一) 被控訴人浜田政敏は控訴人に対し、(七)建物を収去して(四)土地を明渡せ。

(二) 訴訟費用は被控訴人浜田政敏の負担とする。

(三) 仮執行宣言

二  被控訴人ら

主文と同旨

(主張及び証拠)

次の点を付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(但し、原判決五枚目裏三行目の「いうべきで、」の次に、「仮にそうでないとしても、家屋番号二二番二、同番三の各建物は何れも滅失したものであり、」を加え、同八行目の「終了する。」を「終了した。」と、同九行目冒頭から同六枚目表一行目末尾までを「よって、控訴人は被控訴人らに対し前項各土地の明渡を求めると共に、被控訴人中村、同同前、同伊藤染工に対し、昭和五五年九月三〇日以降土地明渡済に至るまで前項と同額の損害金の支払を求める。」と訂正する。)

第一控訴人の主張

一  被控訴人同前が賃借していた家屋番号二二番の二の建物は昭和五一年五月三〇日の火災で概ね三分の一の柱や壁が残っただけで駆体の大半が焼失したところ、同被控訴人が四七〇万円の工費をかけて(六)建物としたものであって、両建物の間には同一性がないと云うべきであり、又同被控訴人が右の如く多額の出捐をしながら建物賃貸人である被控訴人中村に対しその清算の交渉をしていないことからしても、右(六)建物が被控訴人同前の所有であることを推認せしめるものである。尚同被控訴人は火災以後も被控訴人中村に賃料を払っていると云うが、右賃料は殆んど被控訴人中村が控訴人に払う地代相当分であって、家賃と云えるものではない。

二  賃借人のなす無断転貸行為は、右転貸が継続する限り不断に原賃貸借の信頼関係を破壊し続けているのであるから、無断転貸を理由とする解除権は不断に発生していると解すべきで、無断転貸の開始の瞬間を解除権の消滅時効の起算点と解するのは相当ではない。従って、六ノ坪合資会社が被控訴人中村と同伊藤染工間の(四)土地についての無断転貸を理由としてなした本件賃貸借契約の解除は有効である。

三  また、(四)土地の無断転借人である被控訴人伊藤染工は、右転貸借を原因とする六ノ坪合資会社の解除権が時効によって消滅したと否とに拘らず、右転借権を以て原賃貸人六ノ坪合資会社や土地所有者である控訴人に対抗できないから、被控訴人伊藤染工、同浜田の、右解除権の時効消滅を理由とする抗弁は失当である。

四  被控訴人伊藤染工、同浜田は、被控訴人伊藤染工が(四)土地についての転借権を時効取得した旨主張するが、同被控訴人は右土地を被控訴人中村の所有と信じ同人から賃借する意思であって、真の所有者である控訴人或いは原賃貸人である六ノ坪合資会社から賃借する意思を持っていたものではない。従って控訴人や六ノ坪合資会社に対する賃借権を時効によって取得し得ない。

五  被控訴人浜田に対する当審で追加した予備的請求の原因は次の通りである。

1 控訴人は(四)土地を所有している。

2 被控訴人浜田は、昭和五一年五月三〇日の火災後間もなく、(四)地上に存した家屋番号二二番三の建物の焼残りの残骸を取除き、その跡地に何等の権限もなく(七)建物を新築所有して(四)土地を占有しているものである。

第二被控訴人中村、同劉、同同前、同浜田の主張

一  家屋番号二二番二の建物は昭和五一年五月三〇日の火災で一部焼けただけで、家屋の基礎となる軸組、天井、床、壁体等の重要部分は残っていたのでこれに修理を加えたものであるから、右建物と(六)建物とは同一で依然被控訴人中村の所有に属する。

二  被控訴人伊藤染工は昭和二五年一二月以降被控訴人中村を地主と信じ、賃借の意思をもって(四)土地を占有し、支配を続けて来たから、遅くとも昭和四五年一二月の経過をもって右土地の所有者である控訴人に対する関係において転借権を時効によって取得したものである。故に右伊藤染工からその所有の家屋番号二二番三の建物を賃借している被控訴人浜田に対する控訴人の請求は失当である。

三  当審で追加された予備的請求に対する被控訴人浜田の認否

(七)の建物が被控訴人浜田の所有であることを否認する。同被控訴人は火災にあった家屋番号二二番三の建物を修理しただけで、右建物と(七)の建物とは同一であり依然被控訴人伊藤染工の所有に属する。

第三被控訴人伊藤染工

被控訴人中村、同劉、同同前、同浜田の主張二の通り、被控訴人伊藤染工は(四)土地の賃借権を時効によって取得したものである。

第四証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によると、本件(一)土地はもと控訴人の先々代末正盛治の所有であったもので、同人は大正初年頃六ノ坪合資会社を設立してこれに右土地を含む盛治所有不動産の管理をさせていたものであること、被控訴人中村の先代国義は昭和一一年七月二九日右会社から(一)土地を期限昭和一五年九月三〇日の約で賃借し、同地上に三戸一棟の建物(家屋番号二二番、二二番の二、二二番の三)を所有して他へ賃貸していたこと、右借地契約は昭和一五年九月三〇日、同三五年九月三〇日に各法定更新され、賃貸期間は昭和五五年九月三〇日までとなっていたこと、被控訴人中村は昭和二〇年三月一七日家督相続により国義の権利義務を承継し、控訴人も昭和三四年六月二二日相続により(一)土地の所有権を取得したこと、以上の事実が認められ(本件(一)土地がもと控訴人の先々代盛治の所有であって、同人が六ノ坪合資会社を設立したこと以外の事実は、控訴人と被控訴人伊藤染工を除くその余の被控訴人らとの間に争いはない)、右認定に反する証拠はない。

二  《証拠省略》によると、被控訴人中村は前記三戸一棟の建物のうち北側の一戸(家屋番号二二番)を被控訴人劉に、その南側の一戸(家屋番号二二番二)を被控訴人同前にそれぞれ賃貸し、被控訴人劉は理髪店を、被控訴人同前は家具店をそれぞれ経営していたところ、昭和五一年五月三〇日に被控訴人同前方の南側の一戸(家屋番号二二番三の家屋で被控訴人浜田経営のクリーニング店)を隔てた伊藤荒物店(伊藤染工の代表者尾藤と同人の姪伊藤千枝子の共同経営)からの出火によって、被控訴人同前方も類焼したことが認められ、これに反する証拠はない。

控訴人は、右火災によって家屋番号二二番二の建物は焼失し、被控訴人同前はその跡地に(六)建物を新築して所有しているもので、被控訴人中村はその頃(三)土地を被控訴人同前に転貸したものであると主張するので検討するに、成立に争いのない甲第一三号証の二(弁護士会長の照会に対する神戸市長田消防署長の回答)には右二二番二の建物の右火災による焼きの程度は全焼損である旨の、又右甲第一四号証(同消防署長作成の火災調査報告書)のり災程度の欄にも右建物は全焼した旨の各記載がある。然しながら右甲第一四号証の火災原因認定書Ⅰ及び実況見分書1の各記載によると、右建物の西側店舗部分は殆んど焼きしていないし、東側事務所部分も壁体部分が残っていたことが認められるのであり、右事実と《証拠省略》によると、二二番二の建物は右火災によって相当の被害を受け、建物の約三分の二は天井が抜け壁が落ちると云った状態であったが、まだ建物としての形態を残していて復旧することが可能であったこと、そこで被控訴人同前は同中村に対して右建物の復旧方を求めたが、月額家賃七五〇〇円では到底復旧工事はできないと云われ、やむなく被控訴人同前において工費四七〇万円をかけて右建物を復旧したこと、同被控訴人はその後も被控訴人中村に対して家賃を支払っていること、以上の通り認められる。右事実によると、右復旧後の建物が被控訴人同前の所有に属するものとは認められないから、その敷地である(三)土地について被控訴人中村から同同前に対して転貸がなされたと見るべき余地はない。

そうすると、被控訴人同前に対する(三)土地の転貸がなされたことを前提とする控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当と云うべきである。

三  被控訴人伊藤染工に対する転貸に付て。

《証拠省略》によると、伊藤染工は昭和二五年一二月七日被控訴人中村から前記三戸一棟の建物のうち南側の一戸(家屋番号二二番三)の譲渡を受け、その敷地である(四)土地を転借したことが認められ、これに反する証拠はない。

被控訴人ら(被控訴人伊藤染工を除く)は右転貸について控訴人の代理人樫の承諾を得た旨主張するが、《証拠省略》によるも右主張事実を認めるに足らず、他にこれを認めるべき証拠はない。又被控訴人ら(被控訴人伊藤染工を除く)は、右転貸には背信性を否定する特段の事由がある旨主張するが、斯る事実を認めるべき証拠は存しない。

被控訴人ら(被控訴人伊藤染工を除く)は、右転貸による控訴人の解除権は時効によって消滅した旨主張するので検討するに、解除権はこれを行使し得るときから一〇年を経過することによって、時効によって消滅するものと解されるところ、(三)土地の転貸がなされたのは、前記の通り昭和二五年一二月七日であるから、解除権の行使を妨げるべき事情の認められない本件においては、昭和三五年一二月七日の経過と共に右解除権は時効によって消滅したものと云うべきである。控訴人は、無断転貸を理由とする解除権は、無断転貸の継続している限り不断に発生しているのであるから、転貸開始時を解除権の消滅時効の起算点とするのは相当でない旨主張するが、無断転貸が継続している場合でも、解除権は転貸開始時に発生するだけで、右継続中不断に新たな解除権が発生しているわけではないのであって、この点は一個の債務の不履行が継続している場合の解除権の消滅時効の起算点と異なるところはなく、逆に、例えば毎月支払うべき債務について長期間に亘る不履行が継続した場合、各履行期毎に新たな解除権が発生するのとは事情を異にするものと考えられる。従って控訴人の右主張は採用し難い。

四  そうすると、(一)土地の賃貸借契約の解除を原因とする控訴人の被控訴人中村、同劉、同同前に対する請求は、同被控訴人らのその余の抗弁について判断するまでもなく、失当と云うべきである。

五  被控訴人伊藤染工は、前認定の通り被控訴人中村より(四)土地の転貸を受けたものであるところ、右転貸について控訴人の承諾を得たことについての主張、立証がないから、右転借権を以て控訴人に対抗し得ないものである。同被控訴人は、右転貸を理由とする控訴人の解除権は失効の原則によって効力を失った旨主張するが、同被控訴人が右無断転借権を控訴人に対抗し得ない関係は、右解除権が失効の原則によって効力を失ったか否かによって左右されるものではないと解されるから、同被控訴人の右主張はそれ自体失当と云うべきである。

六  そこで、被控訴人伊藤染工、同浜田の、被控訴人伊藤染工による(四)土地についての転借権の時効取得について検討する。

他人の土地の用益が、その他人の承諾のない転借権に基づくものである場合においても、土地の継続的な用益と云う外形的事実が存在し、且その用益が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときは、その土地の転借権を時効によって取得するものと解される。本件についてこれをみるに、《証拠省略》を総合すると、次の各事実が認められる。

1  前記の通り、被控訴人中村の先代国義は、本件(一)土地を六ノ坪合資会社から賃借したが、戦時中地代は末正家の番頭が集金に当っていた。ところが、末正家は昭和二〇年の神戸の空襲で住家を失って島根県へ疎開することとなり、本件(一)土地その他賃貸中の不動産の地代や家賃の集金を知人の樫まさのに依頼したので、被控訴人中村は以後(一)土地の地代を樫に支払って来た。

2  被控訴人伊藤染工は、前記の通り昭和二五年一二月被控訴人中村から家屋番号二二番三の建物を買受けると共にその敷地であり(一)土地の一部である(四)土地を同被控訴人から転借し、右建物でクリーニング業を営んで来たが、昭和四四年七月に右建物の一階部分をクリーニング営業の設備一式と共に被控訴人浜田に賃貸し、右建物の二階は被控訴人伊藤染工の代表者尾藤角市が住居として使用するようになった。そして、この状態は前記火災のあった昭和五一年五月当時も同様であった。

3  被控訴人伊藤染工は昭和二五年一二月前項の建物を買受けて以来(四)土地の地代を毎月小切手で被控訴人中村に支払って来たもので、被控訴人中村は、家屋番号二二番、同番の二の建物の敷地(本件(二)、(三)の土地)の地代を毎月現金で樫に支払うと共に、(四)土地の地代は被控訴人伊藤染工から交付を受けた右小切手をそのまま樫に交付して支払って来た。又樫は(四)土地の地代を直接被控訴人伊藤染工へ集金に行ったことも二、三回はあった。そして、控訴人は疎開先から神戸市に帰って来てから後も本件(一)土地の地代の集金を樫に委せていたもので、(二)、(三)、(四)土地についての右のような地代支払状況は昭和五一年五月まで続いていた。

《証拠判断省略》

右認定の事実によると、被控訴人伊藤染工は昭和二五年一二月以降家屋番号二二番三の建物を所有することによって平穏、公然に(四)土地の用益を継続して来たものである。又本件(一)土地の地代は昭和二五年一二月までは被控訴人中村が全額現金で支払って来たが、それ以後このうち(四)土地の地代は被控訴人伊藤染工振出の小切手で支払われるようになり、この状態は昭和五一年五月まで続いたのであって、右地代の集金に当っていた樫としては、右の如く永年に亘って(四)土地の地代を被控訴人伊藤染工振出の小切手で支払を受け、又自ら同被控訴会社へ右地代の集金に行ったこともあることからすると、(四)土地が被控訴人伊藤染工によって転借されている事実を知り得る状況にあったものとみるのが相当であり、同人と密接な関係にある控訴人についても同様であると云うべきである。そうすると、被控訴人伊藤染工の(四)土地についての転借意思は、右土地の所有者である控訴人に対する関係においても、客観的に表現されていたものと云うべきであるから、同被控訴会社は遅くとも昭和四六年一月一日には右土地について控訴人に対抗できる転借権を時効によって取得したものと云うべきである。

控訴人は、被控訴人伊藤染工代表者尾藤角市は被控訴人中村を(四)土地の所有者と信じていたもので控訴人から右土地を賃借する意思を有した者ではないから、控訴人に対する賃借権を時効によって取得することはできない旨主張するが、被控訴人伊藤染工が右土地を賃借又は転借する意思であったことは明らかであり、且その意思が控訴人との関係において客観的に表現されていたものと認められるのであるから、控訴人に対する関係における転借権の時効取得の要件に欠けるところがないと云わねばならない。

そうすると、被控訴人伊藤染工は(四)土地の転借権を以て控訴人に対抗し得るものであり、同被控訴人から右地上の建物を賃借している被控訴人浜田も控訴人に対して右転借権を援用し得るものと云うべきである。

七  控訴人は、(七)建物は被控訴人浜田が火災後二二番三の建物の焼残りの残骸を取除いた跡に新築した建物である旨主張し、成立に争いのない甲第一二号証(固定資産課税台帳)には家屋番号二二番三の建物は昭和五一年五月に滅失した旨の、又前記甲第一三号証の二にも右建物の焼き程度は全焼損である旨の各記載があり、又当審における控訴人本人の供述中にも同趣旨の供述がある。然しながら、《証拠省略》によって認められる次の事実に照すと、前記甲第一二号証、第一三号証の二の各記載及び控訴人本人の供述部分は真実を伝えるものとは受取り難く、他に前記(四)土地上に現在ある建物が被控訴人浜田の所有であると認めるべき証拠はない。却って右各証拠によると、二二番三の建物は前記火災によって奥側(東側)の半分はかなり焼損したが、表側(西側)は比較的焼き程度が軽く柱や天井、壁が残っていたので、被控訴人浜田は火災直後に被控訴人伊藤染工代表者尾藤の同意を得て、約二〇〇万円の費用をかけて右建物を復旧し(但し、二階部分の焼き度は比較的強かったのでこれを取除いた)、引続き同所でクリーニング営業を継続していること、被控訴人浜田は右復旧後の建物は被控訴人伊藤染工の所有に属するものと考えているもので、従ってその後も同被控訴人に対して家賃を支払って来ていること、右被控訴人両名間で右修理費の精算はなされていないが、それは被控訴人伊藤染工に資力がないことによるものであって、その代り家賃は火災前月額三万五〇〇〇円であったのを、火災後昭和五三年三月までは月額六〇〇〇円、同年四月からは月額一万五〇〇〇円、同五四年一月からは月額一万七〇〇〇円としていることがそれぞれ認められる。そうすると、右復旧後の建物((七)の建物)が被控訴人浜田の所有であって同被控訴人が無権原で(四)地上に右建物を所有して同土地を不法占有するものであるとする控訴人の主張は採用し難いものである。

八  最後に、原審における控訴人の予備的請求は当裁判所もこれを認容し難いものと判断する。その理由はこの点に関する原判決理由の認定、判断(原判決一五枚目裏一行目から同一六枚目裏五行目まで)と同一であるから、これを引用する。(但し、原判決一五枚目裏八行目末尾の次に「尚控訴人は前記火災により家屋番号二二番二、同番の三の建物は何れも滅失した旨主張するが、右主張を採用し難いことは前記二及び七に説示の通りである。」を加える。)

九  以上の次第で、控訴人の本件控訴及び当審における被控訴人浜田に対する予備的請求は何れも失当であるので棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野千里 裁判官 林義一 稲垣喬)

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